上田学園ホーム   

2000年に行われ大反響を生んだ対談

上田学園長×村上龍(作家) 
JMM 対談 

 

2.多様な立場の先生

 

上田 ここに来ていただいている先生には「絶対に教育をしないでください」とお願いしてあります。教育をするのではなくて、生きざまを見せてほしいと。それで、周りにいた知り合いを一本釣りでお願いしてここに来てもらっています。
先生はそれぞれ、別の仕事をもっていますから、その仕事ぶりをそのまま生徒に見せてもらっています。経営者もいますから、資金繰りで苦労しているところも見せる。仕事で失敗して電話で謝っている姿も見せるようにしています。そのなかで生徒が自ら何かを学んで、自分で考えることができるような人になってもらいたいと思っています。
オランダのライデン大学なんかは“マドンナ科”と言って、マドンナの音楽、生き方、ファッションなどを研究することで学位がもらえる学科があるくらいですから、どんなテーマでもいいから教えてください、と先生にはお願いしています。いろいろなことに興味をもってほしいんです。
学習というのは結果がすべてではないと思います。そして、その結果に対して先生がタッチすることも絶対にあってはなりません。そこは生徒の聖域なんですね。先生には結果を出すために必要な道具の使い方だけを教えてもらうんです。
今、上田学園は生徒が4人しかいませんが、先生は20人います。きちんと時間割もありますよ。例えば、ある先生は今一番売れているゲーム機の製作をされた方なのですが、パソコンの作り方も教えてくださいますし、スキーの選手だったので、運動不足は諸悪の根源だからということで、ローラーブレードの時間もあるんです。
英語の授業も普通の授業ではありません。英語というのは先ほども申しましたが、国語ができてこそ学習できるものなんですね。私がここの生徒になりたいと思うくらい面白い授業です(笑)。
例えば生徒の英語の誤りを、キリスト教の文化背景から説明してあげるんです。だからものすごくわかりやすい。この先生は英語を専攻していたのではなくて、哲学科の出身なのですが、自分が子供のときに英語を勉強していて、そのなかで発見した文化の違いや言葉の成り立ちを生徒に教えてくれるんです。
タイ語の授業もあります。タイ語の先生は私がタイにいるときに知り合った方で、タイでは日本人を相手にタイ語を教えていました。そのときにあまり授業の成果が上がらなくて悩んでいたので、私が自分なりに考えた「言語を面白く教えるための方法」を教えたんです。それがきっかけで、タイの大学で助教授になり、現在は日本の麗澤大で教授になるべく博士論文を書いているところなんです。
日本人は欧米ばかりに目が向いているので、私たちはアジアの人間だということを認識するためにも手伝ってほしいと言って、口説いたんです。生徒の年齢がばらばらなので全員がゼロから始めるものがあってもいいと思って、タイ語とタイの文化を教えてもらっています。
別の方は音大を出られて音楽を教えていらっしゃるのですが、ここでは、イタリア語、ドイツ語、ロシア語、アラビア語などを教えています。他の学校でオペラを教えるときに、外国語がわからないと歌を教えることができないので、独学で外国語を学習したんです。その学習のなかで自分が見つけた学習方法を生徒に教えてくださるんです。
元銀行員の先生もいます。銀行員になって初めて乗った飛行機の中から見た景色があまりにもきれいだったので、銀行を辞めてパイロットになろうとして勉強しているところです。ここでは数学を教えてもらっています。
私がスイスにいて、すごくいいなあと思ったのは、かなり小さいときから、大学に行く人と、働く人が決まるのですが、大学に進学する人は1+1が2になる理由を説明できないとテストで○がもらえないんですね。答えが合っていても、理由を説明できないとダメなんです。逆に働く人は1+1は2になると知っていればいいんです。
ここでも、大学に進もうと思う子は、知識を知恵に変えていくことを学んでいかないといきないから、サイン、コサインとか、方程式がどのようにできたのかという理屈を教えてもらっています。
私の昔からの友人で、日本人なら誰もが知っているアニメの声優をやっている方もいます。この学校では話し方を教えてもらっています。ここの生徒は積極的に人付き合いをしないので、自分勝手ですし、話し方も、相手におかまいなしに話すので、話し方と漢字を教えてもらっています。
テレビ番組の制作をされている方には、クイズのような授業をやってもらっています。例えば、DOGを反対にするとGODになる、これには何か意味があるのか、という疑問から始めるんです。犬を神様にした国があったのか、とか、CATは逆にすると、TACだけれども、そういう単語はあるのか、ということを調べさせて、犬と猫の辞典を作らせたりしています。
今はテレビの企画を生徒に考えさせて、商店街の取材なんかもさせて人に慣れさせています。それで、実際に生徒の考えた企画がテレビ局に通れば、ごはんをご馳走するという約束もしています。本当にテレビの企画になるかもしれないということがないと、生徒はすぐに休んだりするので、これなら生徒もやる気が出てくると思います。
旅行会社に勤務されている方もいます。この方は商売の裏表を生徒に見せてくれます。裏表と言っても、悪いことをしてお金を稼ぐということではなくて、仕事はどのようにしてお金を儲けて、それがいかに大変かということを見せてくれています。先日はこの先生の授業で企画し、皆でスペインに貧乏旅行してきました。来年からは生徒が自分で稼いだお金で行かせようと思っています。
企画のプロの方は、“自分を知る”ということで、生徒に上田学園のパンフレットを作らせました。そのなかで、生徒が自分の好きな色をパンフレットの中に使おうとしても、それがお客さんの趣旨に合っていない場合、商品として使えないということなどで理解させていました。
そのほかに地元タウン誌の編集長、工事現場に生徒を連れていって自然保護をどのようにしているのかということを見せてくださる建設会社の方、昆虫について非常に詳しい高校1年生、大学の経営学の授業に不満を感じて自分で商売している大学生、コンピュータの授業を受け持つ経営者、アメリカの化学者で英語を教えてくださる方、などと本当に多種多様な立場の方々が上田学園の先生をしてくださっています。
皆さんは口だけではなくて、背伸びをしているわけでもなく、しっかりと生きている人たちです。生徒はそういう人たちを見ているだけでも、学べることはたくさんあると思うんです。
この学校は2年制ですが、2年目の最後になると、スイッチが入ったように生徒が明らかに変化していきます。そうすると、親御さんがものすごく安心していくのがわかるんです。どの先生もほかに仕事を持っているので、スケジュールがびっしりと詰まっているところに無理を言って来ていただいているので、生徒が学校に来ないときなんかは胃が痛くなりますけど(笑)
生徒さんは欲しいけれども、「うちはコンピュータ完備です!」と宣伝したりするのは嫌なんです。コンピュータを使えてこそ意味があるということで、ここでは全員にノートパソコンを持たせたんです。
先生に頼んで、お店に買いにいくところから始めます。自分の予算ではどの機種が買えるのか、あるいは、親が買ってくれないといったときにどうやって交渉するか。例えば、分割ならひと月の支払いがどれくらいになるか、というところまで調べさせました。
私は、最初に親御さんに会ったあとは、よほどのことがない限り会わないようにしています。というのも、親御さんは次から次へと際限なく要求してくるんです(笑)。だから、コンピュータを買うときも、自分の親を説得することが出来ないで、どうやって社会のなかで人を説得することができるだろうか、とうことも含めて、私から親御さんにコンピュータを買うようにお願いしたりすることはありませんでした。
もちろん、そこから生じるトラブルも少なくありませんが、私は生徒にやらせるほうがいいと思っています。なかには、親をだまして、他の買い物とかで上乗せして請求してお金をためることもあるかもしれませんが(笑)、お母さんには黙って見ているようにお願いしています。小言が増えると、大事を逃してしまうんです。何が大切なことで、何が小さなことなのか、同じレベルで親がうるさくなっていたら、子供は判断できなくなるんです。

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